前妻と友人男性を殺害した、元アメリカンフットボール選手、OJ・シンプソンが、前立腺がんで亡くなったと言うニュース。
「やるせない話」シリーズより、思い出すだけでもムカムカする話。
胃薬必須案件です(ムカムカの意味が違う)。
ご家族が4月11日のX(旧ツイッター)にて、O.J.シンプソン(76)が4月10日に息を引き取ったと公表。
2ヶ月前に前立腺がんと診断を受けたばかりで、闘病生活はわずか2ヶ月。
「人を2人も殺しておきながら、金の力で敏腕弁護士を雇って刑事裁判では無罪になり、被害者は20代と30代で亡くなっているのに、自分は76歳まで生きて、闘病生活もたったの2ヶ月でポックリ逝くなんて、世の中どうかしてるぜ…」
とムカムカが止まりませんわ。
「元NFLのスーパースター」などと、過去の栄光を紹介する気にもなりませんが、とりあえず『O・J・シンプソン事件』を簡単におさらいすると…
1994年のLA。
元妻のニコール・ブラウンさん(35)と、ニコールさんの友人男性、ロン・ゴールドマンさん(25)をニコールさんの自宅にて、滅多刺しにして殺害したOJ.シンプソン。
事件現場の自宅前の血痕の写真など、今でもネットに出回っておりますが、けっこうな血痕で残忍性が伺えます。
その後、一度逮捕されるのですが、弁護士によりすぐに釈放されたOJ。
しかし殺人罪での逮捕状が出た後は逃亡劇を繰り広げ、「世紀のカーチェイス」と呼ばれた、LAのフリーウェイでの追跡劇は生中継もされ、話題になりました。
結局逮捕されたOJ.シンプソンは全面無罪を主張。
当時の日本円にして5億円を支払ったと言われる、「ドリームチーム」と呼ばれた敏腕弁護士団を結成し、陪審員制度の裁判を要求。
ちなみに被害者のニコールさんとロンさんが白人で、容疑者のOJがアフリカ系アメリカ人(当時の差別用語で言えば黒人)だったために、白人の陪審員たちでは勝ち目はない、と悟った「ドリームチーム」は、アフリカ系が多い地域から陪審員を選出することを要請。
これが許可され、刑事裁判の陪審員はアフリカ系で占められ、結果無罪に。
その後の民事裁判では、陪審員が白人が多かったこともあるのか、殺人罪で有罪になり、被害者遺族へ賠償金の3,300万ドルの支払い命令が下されました。
当時の為替ルートを調べるのが面倒なので(笑)、現在の為替だと50億円くらいですね。
OJ死亡後の報道で言っていましたが、遺族への賠償金をはほとんど支払っていないとのことです。
サイテーですね。
「ドリームチーム」にも既に5億円使っていますが、元スポーツ選手ですし、本の出版などでもガッポリ稼いでいたのに賠償金を払っていなかったなんて(怒)
細かな事件の詳細などは、調べればいろいろと出てくるので、各自ご参照して頂きまして…
Netflixにドキュメンタリーもあり、見た記憶がありますが、今でも見れるのかな…。
何はともあれ、冷たい言い方をすれば、OJ.シンプソンが亡くなったと聞いて、悲しむ人は少ないと思います。
罪のない人間を2人も殺しといて、家族もよくもまあ SNSなんかで「OJが亡くなりました」なんて公表しますよね。
家族にしてみりゃ「刑事裁判で無罪になったのだから、何も恥じることなんてない」くらいに思っているのかも知れませんけれども。
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